言い訳とは時に、私たちを強くしてくれるものである。
臆病で弱い私たちは、行動の責任をすべて自分で背負い込むほど強くはない。
勢いにのまれて仕方なく...どうしてもって頼まれてつい...
そういう言い訳が使えるとき、プライドが息を潜めてくれる瞬間がある。
ハッテン場に行こう!と彼は行った。
24会館!と彼は続けた。
7階建てで楽しいよ!ハッテン禁止の普通の休憩所もあるから安心だよ!犬笛さんの好きそうな若めのイケメンも結構いるよ!!彼はまくしたてた。
自分に言い訳をするには充分だった。
ちなみに、人間は自分がしでかしたことは状況のせいだと考え、他人が行ったことはすべてその本人の人格のせいだと思う傾向を強く持つ生き物なのだそうだ。
言い訳で欺けるのは結局自分だけなのである。それでも、それだけで充分だと思える夜だってある。31歳の春がはじまりかけているような夜だった。
24会館。
ホモであれば名前を聞いたことのある人間も多いその場所は、新宿2丁目にそびえ立つ有名な発展場である。
発展場とは、まぁ、ゲイが自由恋愛を楽しめる場所である。
そう考えると、新宿2丁目も、この地球だって、広大な発展場なのである。
24会館が他の発展場と異なる大きな特徴として、年齢制限を設けていないという事項があると聞く。
性欲をむき出しにする高齢者を前に、わたしは平静を保てるのだろうか。
でも、若いイケメンもいるって友達も言ってるし、若い人といい感じになっていれば、高齢者だってきっと、あとは若い人同士で...とかいって気を利かせて席を外してくれるはず。大和魂ってそういうことでしょ?
自分だって歳はとるわけだし、誰にでも人を好きになる権利はあるわけだし、そういう差別に注意を払うことが、ゲイとして生まれた自分の密かな責務であるなとも思うわけだし。
それがろくでもない経験だろうと、たくさんの景色を見た人間の方が厚みのある人間になれるはずだ。やらない後悔よりもやって後悔!いざTWENTY FOUR。今宵のジャックバウワーは私だ。
わたしはこの日現金を残り300円くらいしか持っておらず、ATMも翌朝午前8時まで受付を停止してしまっていたため、友人に金を借りるしかなかったのだが、何故だかわたしを発展場に連れて行きたくて仕方がないらしい彼は快くOKしてくれた。
実は、彼がはじめてその身を男に捧げてから、まだ半年くらいしか経っていない。それまでは、SEXなんて怖い!などと言っていたくらい、とても純情な人だった。27年間そうして生きてきた彼が、この半年間で驚くほどに変わってしまった。高度経済成長時代の日本並みの変化のスピードである。
人を変えるのは時間ではなくて経験なのだと思う。高度経済成長時代に、日本を目まぐるしいスピードで変化させたのは、その原動力となった日本人であり、彼らを支えたのは、「頑張れば報われる」という経験だったのではないだろうか。
頑張っても報われない社会になってしまったと言われるようになって久しい。今日のこれからの経験が、これから先、自分を支えてくれるようなものになってくれたらいいな。そんなことを考えながら、発展場への階段を登り、その扉を開く。
入ってすぐに靴を預けるロッカーがあり、その先に受付がある。受付には愛想の悪いおっさんがいて、言葉ではなくて目で、先に券売機でチケットを買えと命令してくる。
券売機には入場料2900円の文字。思ったよりたけぇ。友人も同意見のようだ。彼はここには平日に一度来たことがあるだけとのこと。どうやら時間帯によって値段が違うらしい。土曜の夜。発展場にも需要供給分析があるのだなぁ、と変なところに関心していると、友人が何やら焦っている。
「どうしよう...1000円しかない...」
現金を持たない2人のホモが発展場の入り口に舞い降りた瞬間である。このままでは、新宿2丁目で震えながら朝を待たねばならない。
どうしよう。その辺のおっさんに色目を使ってお金を恵んでもらおうか。ホモの食物連鎖。そういうことが出来てしまう自分にエクスタシーを覚えているようなホモを一定数知っている。
だが私も友人も、そんなことができるほど、心はまだ麻痺してはいない。それ以前に、色目の使い方なんて分からない。普段は色眼鏡をかけて世間を見下しているくせに、こういう時に限って眼鏡がどこかに行ってしまう。
仕方がないので、近くで飲んでいる別の友人に電話して3000円ずつ拝借することにした。
発展場の入り口で3000円ずつ借りるホモ。色目を使って誰かに貢がせるホモや貢ぐホモとどちらがとれだけ惨めなのだろうか。
気を取り直して受付へ。友人は携帯を充電してもらうらしく、300円ほどかかるらしい。
いいなぁ。自分も充電したいなぁ。でも300円ここで使ったら本当に無一文になっちゃうなぁ。この先襲われたときに、相手に投げつける銭すらなくなる。せめて生はやめてぇ〜〜!って訴える際に、コンドームを買う金すらなくなる。
そんな風に1人でブツブツ悩んでいたら、受付のおっさんが「2台一緒に預けてもいいよ。でも、預けた子が一緒に取りに来てね。」と、発展場に舞い降りた天使のようなことを言い出した。
ということで、自分の分も一緒に携帯を預かってもらう。友人とはぐれたら携帯を取り戻せなくなるので、「はぐれたとしても、翌朝7時には必ずここで落ち合おう」と、ジャックバウワーらしい約束を取り付けた。友人はさらに「もしも俺が戻ってこなかったら、携帯を取り返して1人で帰っていいから」などとすごくTWENTY FOURっぽいことを言い残してくれた。しかも死亡フラグである。
友人による24会館ツアーがはじまる。
受付があるロビー階が2階。普通に明るくて、まるで普通のスーパー銭湯である。受付をすませるとタオルと館内着の入ったバッグをもらえるあたりも、よりスーパー銭湯感を掻き立ててくる。
「2階にある休憩室はハッテン禁止の普通に寝れるところだから、最悪ここで寝ればいいから!」とのこと。 スーパー銭湯のように1人用のソファーが並んでいる。なるほど、眠くなったらここに来よう。
1階は立ち入り禁止。3階にお風呂がある。
なんと、普通の銭湯だった。
普通にシャワーで身体を洗って普通に湯船に入れる。わりと立派なお風呂である。
もうここが発展場であることなど忘れてしまいそうになる。
さっきから周りにも普通のおっさんしかいない。悪い意味でホモっぽくない普通のおっさん。見た目に気を使うことを諦め、家と会社の往復を繰り返すようなおっさん達。
わたしの不安さを感じ取ったのか、「4階に行くとさらに雰囲気変わるよ」と友人が言う。
上に行くほど若いイケメンになっていくファミコンゲームのようなシステムなのだろうか。楽しみである。
お風呂の中でふと周りを見渡すと、暖簾がかかっている入り口のようなものが目についた。
「あそこはサウナ。サウナの中は発展スペースだよ。」
サウナの中で発展ってなんだ。のぼせたりしないんだろうか。茹でダコみたいになってる人たちがまぐわったりしてるんだろうか。
掻き立てられる知的好奇心。暖簾をくぐってみるとそこには
なんだこれは。
サウナってのはもっとこう、木でできた椅子とかあって、みんなで温まっている空間をいうのではなかったか。こんなのただのダンジョンではないか。
サウナの定義を確認しようとしていると、友人が後ろからアナウンスを開始する。
「この右手にあるのが高温サウナ。まっすぐいくとミストサウナ。」
詳しい。
発展場のくせにミストサウナまであるなんて。すごい。見てみたい。
ということでまっすぐミストサウナに向かう。途中壁に寄りかかっているおっさんやら、向こうから歩いてくるおっさんやらに内心ビクビクしながらも、動揺を悟られてはいけない気がして、ただ前だけを向いてミストサウナへの道を歩む。
しかし予想以上に広い。さっきまでの明るかった浴場が嘘みたいに薄暗い。はっきり言って不気味である。
「この扉の奥がミストサウナだよ」
ミストサウナに突入する。
入ってまずその暗さにひく。しかもなぜか迷路が続く。戦慄迷宮かよ。
そして天井から「プシュー」みたいな音が聞こえてきており、水が降ってくる。
ここで「わーいミストサウナだぁ!」とか言って横になってくつろげる人がいるとしたら、その鈍感力は尊敬に値するレベルである。
だって迷路の最中である。しかも暗すぎる。下手すりゃ踏まれる。生ぬるくて気持ち悪い。
しかし、鈍感力に乏しい私も、知的好奇心はそれなりに高いらしく、この先にある景色をこの目で見たいと思った。
そんな想いを胸に抱いたまま不気味な通路の角を曲がると、そこには闇が広がっていた。
真っ暗。本当に真っ暗。パラノーマルアクティビティかよって思った。
しかも、なんか、人が蠢く姿がかろうじて確認できる。怖い。年齢すら推定できない。怖い。怖い。怖い。
わたしは本当に恐怖を感じたとき、言葉よりも先に身体が動く人間だったらしく、気づいた時には来た道を引き返す態勢に入っていた。
そして後ろにいたはずの友人がいなくなっていたことに気づいた。
嘘でしょ。なんなのこれ。どっきり?なんで?なんでいないの?
1人で来た道を引き返す。ミストサウナの入り口の扉を開けて脱出する。友人は見つからない。意味がわからない。ホラー?どっきり?みんなで隠れて、発展場に欲情してる自分を馬鹿にしてるの?
それとも友人まさか、誰かに手足を掴まれたりして、口まで塞がれちゃったりして、今頃もしかして、下のお口も塞がれちゃってたりするの?
た、たすけなくっちゃ。わ、わたしはジャックバウワーだから。
ダンジョンの奥へと足を踏み入れる。一人小走りの自分は明らかに浮いている。あくまでもここは浴室の延長にある場所なので、滑って転ばないように最新の注意を払う。
途中、白人と日本人と思われる3人が入り乱れる国際交流を目撃したりしながら、ダンジョンを彷徨うが、友人はぜんぜん見つからない。
恐怖と不快感が限界に達し、ダンジョンを脱出することにした。
浴室に戻っても友人はおらず、もう探し直す気力も残っていなかったので、仕方なく湯船に入って待つことにした。
五分ほど経った頃友人がダンジョンから無事に生還してきた。
友人は友人で、わたしを見失って探していたらしい。
もー!バカバカバカバカ!心配したんだからね!
恋人ごっこをすることで平静を取り戻しつつ、次のステージに行くことにする。
4階である。
浴場を出てパンツを履いて館内着を羽織る。帯を巻いて、本当にスーパー銭湯だなぁ。とさっきまでの事件を早くも忘れかけていると、友人は帯を締めずにそれを館内着のポケットにあざやかにしまい込んだ。
ストンッって感じで帯をポケットに入れたのである。
スラムダンクかと思うくらい、鮮やかなゴールだった。思わず見とれた。
そうか。帯は締めないのがプロフェッショナルの流儀なのか。と、なにを血迷ったのか私も彼の真似をして、ボディをはだけさせた状態で4階へと突入することにした。
4階は凄かった。すさまじかった。
メインとなる大部屋には二段ベッドが敷き詰められている。人間が歩く通路の両サイドに二段ベッド。二段ベッドが人の道を作っている。
二段ベットの中ではそれぞれのドラマが繰り広げられているようだった。みんなここに来るまでに色んな人生があったのだろうなぁ。ここに辿り着けた今は、幸せなのかなぁ、と1人考えを巡らせていた。
不思議なことに、ぜんぜん人の声が聞こえてこなかった。途中すごい勢いで腰を振る黒人なども見たのだが、体から出る音は凄まじかったが口からは誰も声を出していなかった。
真っ暗な大部屋の中では人の顔など確認できず、年齢すら推察が難しい状態だった。パラノーマルアクティビティ2。唯一はっきりしていたのは、来る前に友人から聞かされていた私好みのイケメンの気配などないということだけだった。
大部屋以外には死体安置所のような細長い部屋が1つあり、そこはとても明るい部屋でみんなが一列になって仲良く眠りについていた。
この場所の照明にはONかOFFしかない。明るすぎるか闇かのどちらかだけだ。闇でひとしきり恐怖を感じて光を求めた私たちは、そこで照らされる現実の辛さを知る。
現実から逃げるように5階へと向かう。
5階は4階の大部屋のスペースがすべて個室となっていた。普通のビジネスホテルみたいな入り口のドアが並んでおり、代金を支払わない限り中の気配すら感じることができない。
無料で入れるのはさきほどの死体安置所の5階バージョンだけだった。4階の死体安置所は蛍光灯で容赦なく照らされているのに対し、5階のそれはプラネタリウムのような青白い光で照らされておりなんだかフォトジェニックだった。顔も身体もはっきりと確認できる。できてしまう。星座のようにまぐわう彼らの姿が。あれはおおぐま座かな?あれ?あっちにもおおぐま座が...おやおや?向こうにもおおぐま座が...おおぐま座...
ここからだとデネブもベガもアルタイルも見ることは出来ない。寝デブしかいない。
5階終了。
「6階と7階は個室しかないから、特に行くところはないよ。でも見学だけしてきてもいいかも。あ、でも、人が少ないからお尻が洗いやすいよ(^_−)−☆」
友人がトドメにすごいアドバイスを語り出したので呆気に取られながら、とりあえず全部の階を見学に行くことにした。
おそらく友人はそろそろ1人になりたいのではないかなぁという気がしたのでここで解散。
約束通り、次会えるのは朝の7時になるかもしれない。本当の冒険がはじまる。
案の定、6階と7階には個室につながる扉以外のものは確認できず、人の気配すらほとんどしなかった。
さて、どうしよう?
選択肢は4つ。
・4階の大部屋
・4階の死体安置所(蛍光灯)
・5階の死体安置所(プラネタリウム)
・2階の安全地帯
この時点で眠気がMAXに近づいていたので2階にしようかと思ったが、なんだか勿体無い気がしてもう一度だけ4階と5階を一周することにした。
素敵な出会いに恵まれるかもしれない。俺好みのイケメンもいると言っていた友人の言葉を信じたい。
しかし現実はあまりにも残酷で、イケメンなんてどこを探しても見つけることはできなくて、そこには恐怖しかなかった。
仕方なく2階の安全地帯に避難することにした。
深夜帯なのでスペースがないかもしれないという不安に駆られていたが、奇跡的に1人がけソファが1台だけ空いていた。神様。ありがとう神様。
前列が禁煙席で後列が喫煙席というソファが2列に並ぶその場所は、前列なのにも関わらず恐ろしくタバコ臭かったが、贅沢はいってられない。
ここで朝を待とう。友人が今どこで何をしているのかは考えないことにしよう。満喫で夜を過ごすのと金額的にも同じくらいだし、良い経験ができた。恐ろしくタバコ臭いし、備え付けのブランケットが肌に触れることすらも生理的になんだか嫌悪感を感じたりするけれど、こんな経験なかなかできない。モノよりおもいで。プライスレス。
目を閉じれば、地球上どこにいても同じ体験ができる。すやすや眠るだけ。平等な体験。隣で寝ている人のイビキがすさまじいけれど、明日のために寝よう。このソファが今は私だけの世界。
むにゃむにゃ
むにゃむにゃむにゃ
むにゃ?
違和感。
なんだろうこの違和感は。
ブランケットに包まれた身体になにかが触れる感触がする。世界の蠢きを感じる。
目を開けた瞬間、そこには変わり果てた世界が広がっていた。
知らないおじさんが私のブランケットの中に手を入れている。
ヒィヤァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!
わたしの叫び声が静寂を切り裂く。
実際は怖過ぎて満足に叫ぶことなどできず、出来損ないの悲鳴をあげるのが精一杯だった。
大部屋でさえ壊されることのなかった静寂をわたしが壊してしまった。
恐怖で目を見開くわたしにおっさんが驚きの表情を向ける。
お前に驚く権利があるのかよという想いに、目を逸らしたらヤられるという恐怖が注がれる。
硬直した表情でおっさんに視線を注ぎ続けると、おっさんは「おっとうっかり指定席を間違えちゃった」みたいな顔をしてどこかへと去っていた。
おっとうっかりじゃねぇよ。
ここはハッテン禁止ではなかったのか。
よくよく周りを見渡してみると、ソファでブランケットに包まれて眠っている人の横に立て膝をついたおじさんが点在していることに気づいた。立て膝おじさん連中がブランケットの中に手を突っ込んでいるのが見える。
地獄だ。
この世界に安住の地などなかったのだ。
さきほど周りを見渡した時にもう一つ気づいたことがあった。
この空間の中で圧倒的に自分が一番かわいい。
ここで寝たら間違いなく襲われてしまう。
いますぐここを出たい。
しかし所持金は300円。携帯も友人がいないとフロントから取り返せない。
私の私による私のための一人不眠不休マラソンがはじまった。
朝7時に友人が迎えにきてくれるはず。そのときまで必死に一人眠気に耐えた。
有り金をはたいてまで、なんでこんなことしているんだろう。
寝てもいい場所なのに、寝ることができない。
部屋の中央のTVに映るよく分からない通販番組を見ながら、じっと朝を待ち続けた。
ついに待ちに待った朝7時がきた。
友人が迎えにきてくれるはずである。
しかし、なかなか来ない。
10分ほどすぎても、友人は現れてはくれない。
もしや、何かあったのだろうか。何もなくても私の精神はもう限界を迎えていた。一刻も早くここから脱出したい。
友人を探しにいくことにした。
まずは手始めに自分の居たソファルームを探索する。
ブランケットに手を突っ込んでいる立て膝おじさん達がまだいる。この人達のモチベーションはなんなんだろう。
仮にこの中に友人がいた場合、手を突っ込まれていた場合、あるいは手を突っ込んでいた場合、私はどうしたらいいんだろう。
祈るような気持ちで友人を探すが見つからない。
隣の部屋に移動する。さきほどの部屋が一人がけソファ部屋だったのに対し、こちらは雑魚寝部屋である。
ここは2階だからハッテン禁止のはず、はずだったのだが、扉を開けた私はさきほどまで自分がいた場所がいかに安全だったのかを知る。
寝ているおじさんのパンツの中のモノを取り出して自分の手でコスコスしているおじさんがそこにいた。
しかも人組みどころじゃない。そのような団体が4組様くらいいらっしゃる。広くない空間にそのような人達が敷き詰められている。
もう意味が分からない。というか何が楽しくてそんなことやってるんですかと聞いて回りたい。お前のモチベーションはいったいなんなんだと。
一刻も早くその場を離れたい衝動に駆られるが、私にはミッションがある。この場所から友人を探し出すというミッションインポッシブルが。
泣きそうになりながら友人を探すが見つからない。
上の階に進むしかない。
3階へとゆく。お風呂場である。
友人は私を待たせて風呂にゆっくり入っているような性格ではないし、風呂の奥のサウナには二度と行く気がしないのでここは入り口で引き返す。
途中風呂場の鏡に映る自分の姿が見えた。
かわいい。
30年間生きてきて最も自分がかわいいと思った瞬間である。
肌が若くてピチピチしている。徹夜明けとは思えない瑞々しさがそこにある。ちょっとしたアイドル感さえある。
人の評価とは人類の永遠の課題であるが、それはいつだって相対評価だ。自分の評価をあげたければ、属する集団を変えればいいのだなぁという気づきを得た。
自信を取り戻しつつ4階へ。大部屋である。
収容人数の比率を考えるとここにいる可能性がもっとも高い。
しかしここは闇の間。顔もまともに確認することすら難しく、発見は困難を極める。
そもそも、ここで友人を見つけることができたとして、私はどうしたらいいのだ。
お楽しみ中の友人に対して、「帰るよ〜」とか平然と言い放つ強さが自分にはあるのだろうか。もしも友人があられもない姿になっていたとしたら、それこそ平静を保てる自信がない。
帰りたい。見つけたい。けれど、見つけることがなんだか怖い。
もうほとんど半泣きで大部屋を回るが、やはり暗すぎて何も確認できずに終わった。
次は死体安置所である。そこはとても明るい場所なので、仮に友人がどうにかなっていたとしても、はっきりとその姿を確認できてしまう。
死体安置所で変わり果てた友人の姿と再開したとき、私はどうなってしまうのだろうか。その場で泣き崩れたりしてしまいそうである。
心配だからいい加減見つけたいけど、どうかここにはいないでほしい...
祈るような気持ちで死体の姿を確認していく。
友人を見つけることはできなかった。
それは5階においても同様で、友人の姿は確認できなかった。
どうしよう。やはり4階の大部屋だろうか。しかしあそこはもう嫌だ。本能が拒否している。
私は友人が死亡フラグと共に言い残した言葉を思い出していた。
「もしも俺が戻ってこなかったら、携帯を取り返して1人で帰っていいから」
帰ろう。
フロントへと向かい、携帯を自分の分だけ返してもらえないかと打診する。
ものすごい怒られた。
「預けた人が取りに来てっていったでしょ!!!後から問題になっちゃうでしょ!!!!!!」
などとよく分からないまますごい怒られた。
私はただただ頭を下げ続けた。
31にもなって、朝7時過ぎからハッテン場の入り口でこんなに説教される日が来るなんて思いもしなかった。
それでもなんとか携帯を返してもらえた。
やっと帰れる!
もうウヒョーって感じ。
外に出れるだけでこんなに嬉しいなんて。脱獄犯並みのアドレナリンが分泌されるのを感じる。
そうして私は24会館を後にした。
友人からは11時に「寝ちゃってたー!」と連絡が来たが、あの場で寝過ごせるほど熟睡できるなんて素直に尊敬した。たぶんどこでも生きていける。ハッテン途上国でも暮らしていける人だと思った。
私は多分、トイレが綺麗な先進国でしか生きていけないんだろうなぁと思った。