先天的な視覚障害者の方は、持つ杖よりも顔が前に出る姿勢をとることが多いらしい。一方で後天的に視覚に障害を抱えた方たちは、杖を身体の前に突き出す形を取ることが多いのだそうだ。
世の中には危険なものや辛いことがたくさんある。私たちは現実を知るたびに、少しずつ臆病になっていくのかもしれない。
ゲイも三十路を過ぎるとどんどん臆病になっていく。ブスだブスだと罵られ、五月蝿いババァと蔑まれ、そんな日常を繰り返すにつれて、色んなことが、どんどんどんどん億劫になる。
そういう自分と付き合っていく能力を、生きる力と呼ぶのかもしれない。
それでも時々、何かを変えたいと思って行動に踏み出すことは、決して悪いことではないはずだ。
1人で合コンパーティに参加してきた。
マンションのパーティルームでの飲み会である。
普段は友達と馬鹿騒ぎしてるだけの飲み会も、1人になると嫌が応にも周りが目に入る。
こういうパーティは大抵、1つのイケメン集団にその他大勢が羨望の眼差しを向けるのだが、イケメン集団は彼らだけで盛り上がり、そのままなんの進展もなく終わる。
そういう宴を何度も見てきた。
でも、彼は違った。
私の2つ隣くらいにやたらマッチョなイケメンが座っていた。
出会いは自己紹介タイム。
イケメンの時は場が静まり、その他大勢の時は談笑がBGMになる、ありがちな時間。
今回は名前と最寄駅を言うというルールだった。
彼は名乗るのと同時に告げたのである。私と同じ最寄駅の名を。
一瞬ひるんだ。
あぁ、一緒だなぁって。
でもこんなブスと同じ駅なんて迷惑だろうなぁって。
住んでるだけでストーカーで訴えられたら嫌だなぁって。
こういう日常のワンシーンを通して、もういっそ違う駅の名前言っちゃおうかなぁって思ってしまうくらい臆病になっている自分に気づいてしまう。
でも、勇気を出して自己紹介。
───最寄駅は〇〇駅ですっっっ(チラッ
そしたら彼、優しく微笑みながら
───おぉ一緒だぁー!
って言いながら手を振ってくれた。
わぁ拒否されなかったぁ。
こんな私でも暮らしてていいんだぁ。
受け入れられた気がして、
いっしょですねーって微笑んで、あったかい気持ちになって自己紹介おわり。
でも同じ駅に住んでるってだけだし、
それだけで話しかけるなんておこがましいし、
ていうかみんな地球に住んでるわけだし、
そんなんで運命感じる年でもないし、
引き続き不貞腐れながら1人で席でごはん食べてたわけ。
そしたら、その筋肉野郎、
───フルーツ食べたーい!フルーツ食べてもいいですか?
って俺の方みて言いだした。
確かに私の前にはフルーツがある。
しかし、彼の前にも同じフルーツがあるのだ。
もしかして私、幹事だって思われてる?
そんなに玄人臭溢れてる?
わたし、一生懸命間違い探しした。
彼の前にあるフルーツと私の前にあるフルーツ、違うのは、私が側にいるってことだけだ。
いやいやそんなはずない。間違い探しを舐めちゃいけない。序盤で見つかる間違いは囮だ。私たちはマジカル頭脳パワー世代。今では肩身が狭くなってしまったけれど、日常に潜むマジカルは、今も変わらず、私たちを千堂あきほにしてくれる。
でも、得点の高そうな間違いが見つからない。
もしかして私の体臭を感じ取ってこっちにドリアンがあると思ってる?
流石に間違い探しも時間切れで、板東英二も痺れを切らして、とりあえず「え?うん?いいんじゃないですか?」って答えた。
わたし、幹事じゃないですよっていう想いを込めて。
そしたら彼はおもむろに席を立ち上がり、私の席のフルーツを取りに来た。
そしてフルーツを取りながら言った。
───あ!ていうか〇〇駅ですよね!?
さらに続けるのだ。
───えーはなしたーい!
しまいには私の隣に座っていた強めのママみたいな男に
───すいませんここ座りたいんで!
って言いながら彼を押しのけ、私の隣に強引に着席した。
な、なに!?なんなのこの人!?
てかゴメンね隣の人...あぁでもこの人筋肉すごい...
私がパニクっていると彼はさらにこう続ける。
───じゃあ今日一緒にかえりましょうよー!
わたし、その時初めて、自分が生娘だったということを知った。
どんな時でもウィットに富んだ返しをすることを第一に生きてきた人生だった。
無難な言葉で場をつなぐだけの生娘を、ずっと見下していた。
そんなの生きてるって言わない。ゆっくり死んでいるだけだって。
それなのに、こんな感情の高ぶりのせいで、自分の口から言葉が出てこなくなる日が来るなんて。
コミュ障だって思われたくない一心で、口を開くことだけが精一杯になってしまうようなことがこの身にふりかかるだなんて。
はい。ご近所のお友達欲しかったんです。なんていうつまんない言葉しか言えなくなるなんて。
けれど、不思議なことに、ゆっくり死んでるはずなのに、何故だか生きる活力が湧いてきてしまう。
今日だけは生娘になってしまおう。ガラスの靴はないけれど、だからこそ、この魔法はきっと解けない気がする。
そして私たちはパーティでひとしきりダンスを楽しんだ後(イメージ)、同じ帰路に着く。
会話を通して、自分たちの家が徒歩1分レベルの近さであることが判明した。
人間の意志を超越して人に幸、不幸を与えることを、この世界では運命と呼ぶ。
ベートーヴェンは運命が扉を叩く音を曲で表現した。言葉だけでは表現できない貫きが、運命にはある。
──でも俺もうすぐ引っ越すんですけどねー
ジャジャジャジャーン!!
流石は運命。冒頭から強烈。
どこに?カリフォルニアあたりに?
せっかく幸せになれると思ったのに?
臆病な自分にさよならできると思ったのに?
──まぁ同じ駅に引っ越すんだけどねw
あぁ、この人はより高いステージを見つけに行くんだね。いい男は高い向上心から作られるものだから。より良い住処を見つけて、そして、私を探し当てた。
運命が扉を叩く音がどんどん強くなる。
私はずっと疑問だった。ベートーヴェンは難聴だったはずだ。しかし彼は運命の訪れを音に例えた。それが不思議だった。でも今謎が解けた。運命が扉を叩く音は、ハートに響くのだ。鼓膜とか、神経とか、そういうものをすべて超越して実感するのが運命なのだ。
そうか。あなたはより高いステージに行くんだね。でもそれだと家賃ちょっと上がっちゃうんじゃないの?
──そうですねー。家賃、今の5倍です。
ご、ごばい!?
界王拳でも使うの!?
え、えっと、、今まで豚小屋かなんかに住んでたの?
──ちがうよw
え、え、あ、、ルームシェアとか?
──そうですw
あぁそっかぁ。5人くらいで住むの?
──いや、2人です
ふ、ふたり?
比率の計算おかしくね?
2人になっても5倍になったら、あなたが支払う金額は少なく見積もっても今の2倍だよね?
──いや、全部払ってもらうんです(照)
は?なにに?税金に?この人まさか都知事?
え?え?え?それってもしかして、パパ的なsomethingですか?something else?Give me a chance?
──違いますよwまぁもう家族みたいなもんなんすけどね。18の頃から、9年付き合ってるんです。
サムシングエルスは、彼らが記した歌詞のように、与えられたチャンスを一度は掴んだかのようには見えた。その瞬間はドラマティックで、大衆の心を掴んだ。しかし、チャンスも心も、離れる時にはドラマなどなく、気づいたら遠くに行ってしまっているものだということを、彼らは教えてくれた。
ていうかあなた、今日何しに来たんですか?天上界からわざわざ、私のことを笑いに来たんですか?
彼氏は今日の飲み会に参加してること知ってるんですか?
──うん。信頼されてるから。自分も彼がどこに行っても、最終的には自分に返ってくるって信じてるから、全然気になんない。あ、これ彼の写真。某有名雑誌でモデルしてたんだよね。
ビックリするほどイケメンだった。
庶民の5倍の戦闘力を持つイケメン。
私のスカウターはとっくに壊れていたが、それでも分かる。彼等の圧倒的な強さが。
わたし、29年間努力で手に入るものは全部手に入れてきた。
30になって、努力じゃどうにもならないことがあることを嫌というほど知った。
確かに遅すぎる気づきだったかもしれない。
でもだからこそ、充分すぎる経験知として、嫌という程この身に沁みわたっているのに。
知ってたのに。
もう分かってたのに。
だからちゃんと、傷つかないように、自虐という杖をちゃんと前に出して、安全確認してたのに。
それなのに。
神様どうして?
私の前に、天上界の使者を?