犬笛日記

それは犬笛のような魂の叫び

田舎の高校生だった男、ホモの合コンを開く

予備校も進学塾もないド田舎で生まれたので、自分がスタートラインにすら立てていないことにも気づかずに育った。勉強は得意で成績はよかったのだが、何の疑問も持たずに近所の高校へと進学した。ほとんどの人間が卒業と共に就職する、受験という言葉に縁のない環境。それが自分にとっての当たり前だった。

 

そこには温厚な化学の男性教諭がいて、ここの生徒は伸び伸びしていてとてもいいなぁと口癖のように言っていた。都会の生徒にはない魅力が、ここの子供にはあるのだと。

 

ある日、彼がキレた。授業中に私語が止まないとか、そういうくだらない理由からだったと思う。


大人しく私語だけ注意してればいいものを、その日は虫の居所が悪かったのか、彼の怒りは簡単には収まらなかった。


そして彼は、田舎の高校生連中を相手にこんなことを言い放ったのである。

 

───だいたい皆さんは本当に自分の人生がそれでいいと思ってるんですか?車が好きだからガソリンスタンドで働きたいとか、他の選択肢を考えた上で言ってるんですか?整備工場に努めたいとか、車の設計をしたいとか、自動車メーカーで働きたいとか、もっともっとたくさん選択肢があるのに、どうしてそんなに簡単に決めちゃうんですか!?

 

誰かがこの人にガソリンスタンドへの進路希望を提出したのだろうか。そもそもここでそんなことをバラしていいんだろうか。。などとボンヤリ思いつつ、高校生だった私はこの独演会からかなりの衝撃を受けた。

 

教師であろうと大人は他人の子供に本音なんて話していないんだということが分かったし、自分たちは不幸なんだなぁと思った。

 

人は口に出さなくとも人間に序列をつけるし、自然に他人を見下したり蔑んだりする。

 

 

あの日からだ。

 

 

社会的な成功が欲しいと願うようになったのは。

 

薄っぺらい綺麗事が気持ち悪いと思うようになったのは。

 

新しい世界に行こうとしない人たちを見下してしまうようになったのは。

 

 

何にもない場所で、幸せになる努力もせずに、幸せって言い聞かせながら人生を終えるような、そんな生き方はまっぴらだと思った。そう思わないといけない気がした。

 

 

 

あれから色々あって、もしかしたら、周りの人よりも大分不恰好な生き方をしてきたのかもしれないけれど、誰もが名前を知っている大企業に入って、お金に困らない生活が出来るようになった。

 

他人が当たり前のように持っているものが、自分にはない、ということがたくさんあった。それをひとつずつ埋めて行く、というような毎日を過ごして、やっと目的を果たせたと思えるところまで来た。

 

やっとここまでこれた。高校生の自分が今の自分を見たら、安心してくれるかな。すごいって言って、喜んでくれるかな。

 

 

目指していた場所にたどり着けたと思えたとき、これから何をしようかと考えたら、そこから先が全然見えなくて、次にどこを目指したらいいのかが分からなかった。28歳が終わろうとしていた頃だった。

 

 

そして私はゲイの世界へのデビューを果たした。

 

世間の求める正しい生き方を手に入れることができたと思えてやっと、自分の生き方を探れるようになったのかもしれない。一生懸命世間を追いかけたところで、自分から逃げ切ることはできなかった。

 

ゲイの世界は免許更新センターのような場所だなぁと思った。様々な職業や社会身分の老若男女が一同に会するその場所は、世間の縮図のようだと比喩されることがある。そしてそれぞれに孤独な場所だ。

 

今までに色んな場所で、たくさんの人と接してこれた経験から言えることは、どこにでも好きな人もいれば嫌いな人もいたということだ。それはゲイの世界でも一緒で、世間で使われる区分けよりも、自分の気持ちに従った方がしっくり来るような気がしている。

 

 

 

 ...ということを、先日合コンを開いたときに思い出した。

 

はじめてホモの合コンの幹事をしたのだが、私の友人(以後、難ありアラサーと呼ぶ)が、酔っ払って暴言を吐きまくってしまったのである。

 

事件は誰かが彼に「好きなタイプは?」と質問した瞬間に幕を開けた。

マズい。酔っ払った難ありアラサーにその質問はマズい。

 

───賢い人!

 

私の焦りをよそに、彼は意気揚々と答え始めた。

 

───賢いって言っても色々あるけど、どんな?

 

終わった。と思った。

 

───まず絶対に譲れないのが大卒!MARCH以上!お育ちがいい人!あとはいい会社に入って評価されてる人!いわゆる就活の勝ち組!バカと話してても時間の無駄だって思っちゃうんだよね!バカと話す意味ある?ないでしょ!?ない!!!!!!

 

聞いてもいないことまで答え始めて一人で反語まで完成させてしまっている。当然のことながら周囲はドン引きである。本当は割といいところもあるのに、今日の参加者の目には学歴厨のクソ野郎にしか映っていないことだろう。私自身、自慢できるほど綺麗な経歴というわけでもないし、育ちがいいとも言えないので、複雑な気持ちの中、他人のふりをするしかなかった。幹事だけど。

 

 

この難ありアラサーは化学の先生とは違って、綺麗事を言わない。そこが好きなところの一つだし、信用できるポイントだとも思っているのだが、その結果がこれだ。世間を穏やかに生き抜いていくためには、建前を上手に使うことも必要なのかもしれない。成熟した大人になるということは、心の毒を隠せるようになるということなのか。

 

 

暴言を繰り返す難ありアラサーとは他人のふりをしながら、化学の先生のことを思い出していた。

彼が日常的に使っていた建前。思わず漏らした本音。

本音の方だけが彼のすべてだと思っていたけれど、建前の方もそれはそれで、彼の本心だったのかもしれない。少なくとも、それも含めて彼の魅力だと評価すべきだ。

 

今の自分があるのは、多少なりとも彼のおかげもあるわけで、それはもしかしたら、彼が意を決して放った本音のおかげなのかもしれない。

 

嘘はつかないで欲しい。けれど、厳しい本音は聞きたくない。そんな考えは、幼い子供のエゴだったのだと思う。

 

 

そんなことを考えながら、難ありアラサーの方に目を向けると、彼は最後に、

「でも結局一番大事なのは顔ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!」

と叫んでいた。

何が嘘でどれが本当かも分からないような世界で、これほど本音だと確信できることが言えるのもすごいなぁと思いながら、この合コンの終わりを噛み締めた。