年末。年の瀬。流行語大賞やヒット商品番付などが続々と発表され、一年の終了を待たずして一年を振り返る時期である。
今年の漢字は「恥」だと勝手に予想していたが、見事に外れた。
歳を重ねるたびに、「あっという間だった」という言葉の重みが増していくのを実感する日々であるが、そんなことを言いながらも、私たちは少し前のことですらすぐに忘れてしまう。
例えば去年のヒット商品番付の横綱を覚えている人はどれだけいるだろうか。正解はポケモンGOである。
あの横綱も気づいたら引退して姿を消してしまっていたなぁなどと栄枯盛衰を憂いでいたのだが、つい最近、限定ポケモンのために鳥取砂丘に人が押し寄せたというニュースを見て、自分が目を逸らした場所でも、世の中は進化したりしながら動いているんだなぁという当たり前のことを思い出したりする。
私の周りのホモ達はみんな、ポケモンGOにすぐに飽きていた。彼らは皆「ポケモンを集める目的がわからない。」と口を揃えていた。私たちにはポケモンなんかよりも先に、捕まえなければいけないものがある。
イケメンGO。
私たちは今日も街へと繰り出す。
彼とはゲイ用のSNSアプリで知り合った。
年の瀬の寒い冬の日に、私たちは新宿で待ち合わせをした。そしてそのまま彼の家へと直行した。
彼は私好みのイケメンで、お堅い真面目な仕事をしていることを会話の流れで知った。新宿の家も掃除が行き届いており、几帳面な性格が伺えた。
私たちは自然な流れの中でベットに入った。
イケメンGO。
さぁ、貴方は私にどんな技を見せてくれるのかな?
私のモンスターボールが微笑んだような気がした。
彼が服を脱ぐ。
その瞬間、私の目は彼の胸元に釘付けになった。
乳首が...デカイ...。
デカイというか...長い...。
まるでミルタンクだ...。今のところ乳首は二つしか確認できないが、探せば下の方にもあと二つ追加で乳首が見つけられるかもしれない。
「乳首大きいね。」 という一言が喉元まで出かけたが、そんな不躾なこと言えない。人の身体的特徴を馬鹿にするなんて最低な人間のやることだ。ましてや今日初めて会った人間にそんなこと言ったら人格を疑われても仕方がない。
誰にでも、産まれ持った特徴の一つや二つある。そういうことも全部ひっくるめてお互い受け入れあいましょうというのが私たちが願っている社会ではないか。多様性。ダイバーシティ。
彼が私に覆いかぶさる。ちなみにミルタンクはLv.43でのしかかりを覚える。まったく。レベルの高いミルタンクだ。
そして言う。
「...引っ張って?」
え?なにを?
もしかしてそれを?
その胸元の突起物を?私に引っ張れというの?なんで?
確かにミルタンクはLv.19でミルクのみを覚えますけど、あれって私が搾んなきゃなんないの?
軽いパニックに陥る私。ていうか産まれ持ったものじゃなかったんだね...。バリバリ人工的な乳首だったんだね。貴方が人生を通して選んできた選択肢の集大成がその乳首なんだね。そしてさらにそれを伸ばすことを希望している。向上心。
弱みを潰すことよりも、強みを伸ばしてあげるべきというのは、人材育成の基本...!
わかった。わたし、搾るよ。あなたの強み、わたしが伸ばすよ...!
彼の胸元の突起物を軽く握り、優しく引っ張る。
すっごい伸びた。
強み。予想以上の伸びしろ。
乳頭のデカさに気を取られていたが、それは氷山の一角に過ぎなかったようだ。乳頭の向こう側に潜む胸元の皮膚が、まるでお雑煮のように、信じられないくらい伸縮自在だった。年が明けたのかと思った。
ていうかこんなに伸ばしちゃって痛くないの?とミルタンクの顔を確認すると、彼は恍惚の表情を浮かべていた。今にも「モー♡」とか鳴きだしそうである。
回復している...。まだミルク飲んでないのに...。
私はそんな彼の表情を見ながら思ったのである。
簡単!!!!
こんな簡単にテクニシャン気分!!!
もっと色々なバリエーションを試してみようと思った私は、乳首を引っ張る方向に工夫を凝らしてみることにした。
右に強く、左に優しく、まるで音楽のように、乳首と言う名の楽譜を奏でる。
気づいたら指揮者のようになっていた。
年末に第九を奏でる指揮者。指揮棒は乳首。
第九は日本では歓喜の歌とも呼ばれている。
ふふふ。ミルタンクよ。年はまだ明けてはいないのだよ。お前の歓喜の歌を聞かせておくれ。
マエストロと化した私。そうだ、今年の漢字は「乳」にしよう。乳首の指揮棒で「乳」って書いてみよう。などとひとしきり年末のオーケストラを楽しんだ。
そんなこんなでフィナーレを終え、「私なにやってるんだろう...」と我に返っていると、相手が口を開きだした。
「元彼に泣くまで引っ張られたんだよね〜」
この世には高嶋ちさ子みたいなマエストロもいるのだなぁ。私にはそんなことできない。しないんじゃなくて、できない。
「引っ張られるとカサブタになって、それがやがてこうやって固まるんだ」
聞いてもいないのに自らの乳首の起源を語り出した。一生役に立つことのないであろう雑学。そんなこと聞かされてどうすりゃいいのだ。カサブタ作ってあげられなくてごめんねー。指揮棒の振りが足らんかったわー。とか言った方いいのだろうか。
私がリアクションに困っていると相手が話を変えてくれた。
「よく飲みに行ったりするんですかー?」
あー。たまに誘われてって感じですねー。そちらはー?
「俺は全然ですねー。お酒飲めないんですよー。」
えーそうなんだー。新宿住んでるくらいだから飲みまくりなのかと思ったよ。じゃあなんで新宿住んでんの?職場に近いわけでもないのに。
「うーん...」
...ん?
「昔働いてたことがあるんですよねー」
え?お酒飲めないのに店子とかできんの?
「...いや、店子ではないんです。」
え...?じゃあなに...?え?あれ?...ていうとあれかい?もしかしてあれ?プロの方?プロのミルタンクの方でいらっしゃるの?アタイ、もしかして野暮なこと聞いちゃってるの?え、え、え、あ、あぁどうしよう....言葉がでてこない...
「いや売り専とかじゃないですよ!!!」
えぇ!?違うの!?じゃあなんなの?他に何があんの?エッチな玩具とかビデオとか売ってるお店の方?つけ麺屋かなんか?パワーストーンみたいな変な石とか売ってる人?
「いや、違います」
じゃあなんやねん。
分からない。
年末恒例クイズ大会。難易度高い。
ごめん分かんない...ギブです。答え教えてください...。
「なんかマグロでいていいお店で働いてたんですよー。」
は?なにそれ?築地?
「なんかお客さんが入ってくるとボーイが一列に並ぶんですけど、そこで指名されると地下の部屋に一緒に行って好きに触られたりするんですー。でもこっちは何もしなくてもいいんですよー。」
セミプロじゃん!!!!
ニアリー売り専じゃん!!!!
「えー。でもマグロでいていいんだよー?」
魚の種類は問題じゃねぇよ!!!!!!
て、ていうかなんでそんな所で働いてたの?普通に仕事してんだからお金に困ってたりするわけじゃないでしょ?
「なんか一緒に働いてるボーイ達と話したりするのが部活みたいなノリで楽しかったんですよねー。」
もうダメだ。他人と完全にわかり合うなんてやはり無理なのだ。そもそも私が聞いたのは働くに至る理由であって、働き続けるモチベーションではない。だが、もうそんな細かいことはどうでも良くなってきた。
どうしても嫌なお客さんとかはいなかったの?生理的に無理とか、あるでしょ?
「あー。でも基本はマグロでいていいんでー。」
マグロに心はないのか。冷凍された末に心まで凍ってしまったとでも言うのか。どうすればその心は解凍できるのか。きっとあるはずだ。マグロを解凍してミルタンクに進化させる方法が。
逆に相手がすごい好みでヤっちゃったこととかはないの?
「あー。あるねー。2回ある。1回目は普通に好みの相手だから普通にヤっちゃった。」
それでお金もらえるなんていいねー。2回目は?
「2回目は...相手は結構なお爺ちゃんで、本当に無理だと思ったんだけど、お店の大事なお得意様みたいな感じで、店の人からヤレっていうプレッシャーをかけられたんだよね。。で、ヤらされたんだけど、本当にキツくて、身体が閉じるみたいな拒絶反応を起こしてた。結局それがきっかけで店を辞めたんだよね。。」
意図せずしてレイプ被害者の講演を聴く羽目になったみたいな気分になってきた。本当はいけないのかもしれないが、どうしても、どうしても「自業自得」の4文字が頭をかすめてくる。
そのお爺ちゃんも、普通の売り専に行けばよかったのに。マグロを無理やり解凍して、彼の心を凍ったままに置き去りにして。そんなことをしてまでそのお爺ちゃんが得たかったものを、自分は普通に手に入れてしまったのだなぁと、変な憂鬱感を得ながら感慨にふけっていると、彼がおもむろにテレビのリモコンを掴んだ。
「そうだ。今ちょうど映ってんじゃない?」
彼がテレビの電源をつける。
は?なにが?何を言っているのだ?
彼がリモコンのボタンを連打する。テレビはサッカー中継を映し続けている。
「あー。今日はやってないのかー。」
話の関連が掴めない。
リアル*1した相手は昔マグロだった。そして牛になった。ついでに私はマエストロになった。これ以上何になろうというのか。
「いつもならこの時間に出てるんだけど、今日はやってないみたい」
何を?何を見ようとしたの?あなたは私に、何を見せようとしてくれたの?
「●●」
彼は国民的有名番組の名を口にした。
まさか。
そ、それに出演しているの?わ、私の、、お、お兄さんが、、、
「うん」
だれ!!!私の穴兄弟だれ!!!!!
年末恒例クイズ大会。最終問題。超難問。
「●●●●●●」
彼の口から出てきたのは超有名人の名前だった。嫁も子供もいる人だ。その名前をここで明かしたら社会的に抹殺されてしまうことだろう。
仕事でどんなに成功しても、結婚して子供に恵まれても、周りからどんなに幸せだと思われていても、埋められないものもあるのだ。
そうして生まれた心の隙間を埋めるために、私たちはリアルをしたり、乳首を引っ張ったり引っ張られたり、男を買ったりするのである。社会はそうやって回っている。年末の風に吹かれながら。