衆議院の解散風が吹き荒れている。
野党が頼りないのをいいことに、与党はやりたい放題だ。
頼りない側の野党が「格差是正」だなどと叫んだところで、なんだか説得力に欠ける。
貧乏人が「世の中金じゃない」と言おうが、ブスが「人間顔じゃない」と叫ぼうが、ただの負け惜しみとして消化されてしまうのが世の常である。
かといって、成金に「金がすべてじゃない」とか、イケメンに「見た目よりも中身が大事だ」などと、安全圏から綺麗事を言われたところで、人の心は救われない。それどころか、多くの場合は嫌味として受け取られてしまうことだろう。
よく、IQの差が20以上あると会話が成立しなくなると聞くが、これはIQに限らず、様々なパラメーターに言えることなのだろうと思う。同じ穴のムジナ達が作るムラ社会を生きる私たちは、よそ者には厳しく、格差が作り出す国境線は色濃く線引きを作り上げている。
このような外交問題の解決手段として、最初に用いられるのが「対話」である。
私の友人にして我が党の外務大臣である難ありアラサー。彼の後輩に「圧力」をかけ、キラキラリア充軍団との合コンをセッティングしてもらうことに成功した。
会社の先輩という経済的優位を用いた圧力が対話を実現するのだから、なんだか皮肉な話である。
幹事となった後輩くんは、体育会出身のモテ筋イケメンズを集めてくれると公約を掲げてくれたので、こちらも背水の陣で対話に望む身を切る覚悟をもった3名を追加で集めて新党を結成した。新党のテーマは希望。古いしがらみホモ社会からの脱却を図る。
めでたく新党入りしたこのトリオ漫才はいたく張り切っており、「どうしようどうしよう。とりあえず掴みはチリソース手マンの話でいいかな?」などとまったく意味のわからない対策会議を1ヶ月前から重ねていた。
後輩の幹事くんは期待以上の頑張りを見せ、イケメンを9人も捕獲してきてくれた。5対9。完全にこちらが野党である。
当日は強い雨が降っており、自軍の誰かが「たしか桶狭間の戦いも雨だったわね...」と呟いていた。2万5千の大群を率いた今川軍に、圧倒的不利な状況だった織田軍が奇襲により勝利を納めたという歴史的にも有名な戦いである。
織田軍が奇襲で勝利を納めたように、私たちもキスで勝利をもぎ取れんじゃない!?などと期待に胸と股間を膨らませながら、戦いの火蓋が切って落とされた。
私たちにはまず、一つの不安があった。
キラキラリア充軍団が、自分たちを見た瞬間に冒頭解散を宣言したらどうしよう、という懸念である。
その場合は、私と難ありアラサーが「大義がない!」と批判しながら牛歩戦術で時間を稼いでいる間に、トリオ漫才が女の壁を作って妨害しよう、と決めていた。
しかしそこは流石のキラキラリア充軍団。リア充らしくニコニコしながら登場し、我々を見ても顔色一つ変えないというパーティーピーポーぶりを発揮してくれた。しかも、顔面レベルが期待以上に高い。自軍は完全に色めき立っていた。
我が軍の漫才トリオの内の1名は「不倫以来はじめてちゃんとした恋ができるかもしれない!わたし前は妻子もちの男と不倫してたの!でも大丈夫!相手にLINEの表示名を『串カツ田中荻窪店』にされてたから!」などと何が大丈夫なのかまったく分からない興奮の仕方をしていた。
ニコニコしているパーティーピーポーとはいえ、流石に緊張しているらしく、彼らは終始ニコニコしてはいたが、口数はそれほど多くはなかった。
ニコニコしていれば無条件に社会に受け入れられてきた者たち。きっと彼らには想像もつかないだろう。面白い話をし続けるという生存戦略を取らざるを得なかったホモたちの気持ちなど。厳しく辛いホモ社会をなんとか必死で生き抜いてきた私たちはもう、ニコニコされているだけでは不安になってしまう身体になってしまったのだ。爆笑を、爆笑をもぎ取らなければ...!
最初に動いたのはトリオ漫才だった。
「あんた何年彼氏いないんだっけー?」と1人がパスを出すや否や、振られた側の29歳が待ってましたとばかりに「10年だよ!オメェらが中二の頃から彼氏いねぇんだぞ!!」と24歳に向かって叫んでいた。
マジかよこいつら...事前に計算してきたのかよ...と私が呆れつつも感動していると、一瞬の隙をついた難ありアラサーが「姐さんは何年いないんだっけ!?」とすかさず私めがけて凄いパスを出してきた。澤穂希かと思った。
「31年だよ!!!!!」
私は叫んだ。点が欲しかった。例えそれで、何かを失うことになったとしてもだ。
ずっと喋り続けていた漫才トリオでさえ黙って目頭を押さえるほどの、感動的なシュートだった。
どんな時であっても、澤先輩のパスを無駄にするような私であってはいけないのだ。
私が点数と引き換えに失ったものに対する想いを巡らせていると、とにかく点数を取りたい漫才トリオはすかさず次のフォーメーションへと動いていた。
「私たちは水戸商業高校出身なの!校歌はMINMIのシャナナ☆なんだよ!」
もはや何がしたいのか分からない。
漫才トリオだけがゲラゲラ笑っていた。オウンゴールをしたのに点数を取ったと思って勘違いして喜んでいる。
しかし、澤先輩のカバーは早かった。
「姐さんの母校は!?」
私はよくしつけられた犬のように、すかさず答える。
「平成手コキ女学院です!偏差値は70。キャンパスは歌舞伎町の雑居ビルの一室にあるの♡」
今度はパスの前に余裕があったらしく、事前に目配せまでしてきやがっていたので、我ながら完璧なシュートを決めることが出来た。
いける。勝てる。もはや何のために戦っているのか分からないし、勝利の先に何があるのかなんて考えたくもないけれど、一度アスリートになってしまった人間はもう、そのフィールド以外での生き方が分からないのだ。
あと一点でハットトリックだ。次で決める。今宵のバロンドールは私のものだ。
決意を固めたところで、『串カツ田中荻窪店』がイケメンに「ねーねー。電車何線なの?」と質問していた。動き始めたのだ。最後のゲームが。
「丸ノ内線だよ」
「へー...丸ノ内線なんだー...」
...
え!?
おわり!?
その会話必要だった!?
何なのこいつ?何がしたいの?おかしくなっちゃったの?いやもともとがおかしいわけなんだからこの場合は正常になっちゃったってことなの?普通の女の子に戻っちゃったの?安室奈美恵なの?完全にchase the chance見失っちゃってますけど!?
この事態に思わず難ありアラサーも目を丸くしている。まさか味方に奇襲をしかけてくるとは。ハットトリックへの道筋に串カツ田中荻窪店が立ちはだかる。
この難局を切り抜けるには野党共闘しかない。私は今こそ司令塔となる。
隣に座っている難ありアラサーに私に対して同じことを聞かせよう。
パスは待つものじゃない。させるものなのだから。
そしたら私は「文系に見える理系の人専!この中に文系に見える理系のブス専の方はいらっしゃいませんかー!?」と呼びかけよう。ここから好みのタイプ大喜利が開始するはずだ。そしたら後は漫才トリオあたりがなんとかするだろう。
固まった計画を実行に移すために、難ありアラサーに「姐さんは何線?って聞いて!」と素早く耳打ちした。
あとは彼が指示に従うだけ...なはずだった。
奴はそれを聞くや否や、目を見開いてこちらを二度見しながら「待ってwwwwww笑いに対して貪欲すぎない?wwwwwww何しに来てんの?wwwwwヤバいwwwwwwwwwwww貪欲wwwwwwwww」と手を叩いて1人で爆笑しだした。
コイツ...支配欲が強すぎて、自分の意思でパスは出せても、人の指示で動いたことがないのか...ていうかどの口で言ってやがるんだ...
絶望の淵に立たされた私が呆然としていると、リア充軍団は普通に会話を再開しており、
「こいつナイモン*1 のレベルが59もあるんだよねー。」
「でも俺ナイモン新しくはじめたんだよね。レベルが高すぎて恥ずかしいから。今はレベル7。」
などと貴族の会話を繰り広げていた。モテが財産のホモ世界における貴族。
「へー...アンタもナナっていうんだ...」と心の中で反芻しながら、以前23歳のホモにその言葉を伝えた際には世代の壁に邪魔されて伝わらなかった苦い思い出を振り返っていると、なぜか携帯にトリオ漫才の一人からのLINEが届いたことに気づいた。
もはや何が起こっているのか分からない。
私たちは今まで、ただの自己満足を重ねていただけだったのだろうか。
よく考えたら、私と彼らとの間にはナイモンのレベルに20以上の差がある。会話、成立していなかったのかもしれない。
流石にトリオ漫才も焦ったのか、好きな歌手の話という当たり障りのない会話をはじめていた。
誰かが「倖田來未が好き」といった瞬間、難ありアラサーがすごい反射神経とドヤ顔で「江沢民(コウタクミン)!?」と言いながら1人で爆笑していた。どんだけ笑いに貪欲なんだとさっき私に言ったその口で、である。
だが、次の瞬間、考えるよりも先に、「じゃあ私の天安門も開放しちゃおっかな♡」とナイモンLv59イケメンに向かって口走っていた自分がいた。そんな自分を客観視しながら、一体私たちはどこを目指しているのか、という疑問が頭を駆け巡っていた。ビジョンがないのは、どこの野党も一緒なのだなぁ...と実感した経験だった。